731

 読者にはじめてドストエフスキーを読むことをすすめるとして、何をえらぶか。その理由は?
 ふつうの読者にドストエフスキーをすすめるなら、『作家の日記』にある「農夫マカールの夢」がいい。
 とても短いので、読みやすい。はじめから長編を読んで、途中で投げ出すよりは、こういう短編を読んで、ドストエフスキーをおもしろいと思ったほうがいい。

 相手が女性の場合、ドストエフスキーはすすめない。おそらく、つまらないだろうから。こんなことを書くと性差別とうけとられるかもしれないが。
 ドストエフスキーを読むくらいなら、トゥルゲーネフや、チェホフ、あるいはジェーン・オースティン、ブロンテ姉妹を読んだほうがいい。

 チェホフを読むと、たいていの人はこんな小説の一つや二つ、書けそうな気がしてくるかも知れない。だが、けっしてチェホフのようには書けない。
 そこで、かりにも作家になろうという人には、ぜひドストエフスキーをすすめる。『罪と罰』を読めば、たちまち小説の一つや二つは書けそうな気がしてくる(だろう)。
 そういう無邪気な錯覚から、作家になった人は多いのではないだろうか。

 たとえばジッド。劇作家のジャック・コポオ。
 たとえば、レオニード・レオーノフ。
 とても比較にはならないが、北条 民雄。

 ある程度、外国の文学に親しんでいて、まだドストエフスキーを読んでいない人には、『賭博者』あたりを読むことをすすめる。
 小説よりもノンフイクションに興味をもっている人には、チェーホフの『サハリン紀行』、ナターリア・ギンズブルグのシベリア強制収容所の回想を読むことをすすめる。もしおもしろいといえば『死の家の記録』を読むことをすすめる。