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 「もう、わたしを好きじゃないのね。いちども愛したことはなかったのね」
  「おれはもう、女を好きになるわけにはいかない。もうすぐ旅に出るのだから」
   奔流のような涙。嗚咽。痙攣。喘ぎ。死の苦悶。死。またひとつ、柩。
   女たちは死んでしまった。遠くにいるドラは、どんな暮らしをしているのだろう?

   もう、うんざりだよ。女たちは死んでしまった。女たちにとって、彼は死人なのだ。

 ドリュ・ラ・ロシェルの『ジル』、第三部の終章。あと、数行でエピローグに入ってゆく。
 この部分、私はゾッとしながら読んだ。悲しい恋愛だなあ。こんなにも苦しい小説を書いていたのか。ドリュのいたましさが、読んでいる私にもつたわってくる。
 ドリュは好きな作家ではない。むろん、心のどこかでドリュはすごい作家だったな、という思いはあった。
 戦前のフランス・ファシスト、親ナチ派だった。しかし、その姿勢は、戦時中の、日本のファシスト、蓑田 胸喜などとは比較にならない。
 政治的にまったく立場の違うマルローは、ドリュをそれまでに出会ったもっとも高潔な人物のひとりと見ていた。ナチ占領下にあって、ゲシュタポの厳重な警戒のさなかに、パリに潜入したマルローは、わざわざドリュと会っている。
 ドリュはパリ陥落直後に自殺している。

 遠い未来、二〇世紀の文学史があらたに書かれるとして、ドリュについては何行か書かれるに違いない。