夜明け、宿を出た。
暗い山道を歩きつづける。
ようやく登山道の入口にたどりついて、朝食を作りはじめた。前日に買っておいた駅弁を食べるだけなので、コッヘルでスープを作る程度。もう一つ、携帯のカップでテイー。固形燃料一個ですむ。こんなものをもっている登山者を見たことがない。私だけが愛用している便利なトゥール。これさえあれば、味噌汁でも、ミルクでも、コーヒーでも歩きながら沸かして飲める。
食事の途中、中型のイヌがこちらのようすをうかがっていることに気がついた。
褐色の斑をつけた雑種犬。たいして特徴のないイヌだった。
「おい、腹がへってるんだろう。おれの(弁当を)食うか」
声をかけると、すぐに寄ってきた。私が与えるものをすぐにペロッと食べるのだった。早朝だったから、空腹だったらしい。私の朝食が少なくなるが、頂上に着いたら昼食にするつもりだったので、半分ぐらいはイヌにわけてやってもよかった。
かんたんな食事を終えて、ザックを肩にかけながら、
「おい、いっしょについてくるか」
イヌに声をかけた。
イヌは全速力で走り出して、30メートルほど先に行ったところで、さっと身を翻して、また私をめがけて戻ってきた。私のそばを走り抜け、こんどはまた30メートルばかり走りつづけ、おなじように反転して、私のところに戻ってきた。
人間のことばがわかるのだった。
登山道からコースを、ずっとイヌといっしょに歩いた。登山者といっしょに歩くのになれているらしい。根まがり竹に覆われて道がわからない場所でも、イヌが先に立って案内してくれるのだった。
イヌは敏感に私の心の動きを読む。
途中、大きな岩が立ちはだかっている。足がすくむような難所だったので、私がひるんでいると、先に立ったイヌがさっと戻ってきて私を見あげる。
なんだ、このぐらいで、ギブアップするのか。
犬の眼がそういっている。
「バカにするな。おれは、おまえがついてこれるかどうか考えているんだ」
私は岩にとりついた。けっこう手ごわい岩を相手に汗をかいた。
気がつくとイヌは見えなくなっていた。
やっと難所を越えて、また歩きだした。すると、いつのまにか、イヌが私の前を歩いていた。
どこをどうやって、あんなところを越えてきたのか。
こいつ、おれが苦労しているのをみて、内心、バカにしやがったな。
「おまえ、よく、あそこを越えてきたなあ」
イヌに声をかけた。イヌはさっと私の近くに戻ってきた。