香港返還は、当然ながら香港の映画スター、シンガーたちの運命に大きな影響をおよぼした。
もっとも悲劇的な例は、張 國榮(レスリー・チャン)の自殺と、梅 艶芳(アニタ・ムイ)の病死だった。
返還後、アニタのアルバム『梅艶芳没話説』(1999年)が出た。アニタの歌のコレクションだが、ケースに使われたアニタに驚かされる。前途に希望を見いだせないアーティストのうつろなまなざし、暗鬱な表情がいたいたしい。
このアルバムで、アニタはマリリン・モンローの「帰らざる河」のテーマを歌っている。(「大江東去」)歌としてはマリリンよりもうまいけれど、どこかなげやりで、かつての梅 艶芳の魅力が感じられない。
フェイ・ウォンを3曲、カヴァーしていることも意外だった。アニタほどの歌手ならフェイ・ウォンの曲を選ぶ以上、どこかでフェイ・ウォンを越えるものがあって当然だろう。そう感じられる部分はある。しかし、全体としては、梅 艶芳の輝きは薄れている。
身辺のスキャンダルも、彼女の不壊の Fame を傷つけた。精神的にも追いつめられたのではないだろうか。
かつて梅 艶芳は美しく、挑発的で、情熱的で、いつも勝気で、誇り高い女だった。彼女の歌は香港のミュージック・シーンをリードしていた。彼女の前では、徐 小鳳(ポーラ・ツォイ)でさえ蒼ざめたにちがいない。
まして、当時人気のあった孟 庭葦、龍 飄飄、毛 阿敏など、はじめから比較にならなかった。フェイ・ウォンが登場してから、アニタは徐々にトップを退いてゆく。
このアルバム『梅艶芳没話説』は、彼女の全作品のなかでは、もっとも程度の低いものだと思う。聞いていて、いたましささえおぼえる。
だが、梅 艶芳はふたたびもとの魅力をとり戻してゆく。
みずからの死を見つめながら、最後のコンサートにのぞんだ梅 艶芳に、私は中国の烈女の姿を重ねて見る。