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 友人の竹内 紀吉は、私の顔を見るとすぐに切り出す。
 「先生、・・・・をお読みになりましたか。あれはいい作品ですねえ」
 私たちの話はいつもそんなふうにはじまるのだった。

 その作品に不満があっても、私はたいてい黙っている。彼の批評を聞いて、はじめて自分の判断が誤りだと気がつくことがあるから。
 私が不満をもっているのに、作家がまるで不満をもっていないことがわかるような場合、私はたいてい黙って彼の批評を聞いている。そして別の作品に話を移す。

 こっちが満足しているのに、作家としては、けっして満足していないらしいことがわかるような作品。そういう作品に対しては、私は極力ほめるようにする。

 そうなると、竹内君はちょっと不満そうな顔をするのだった。

 竹内 紀吉が亡くなって、もう三周忌になる。

(注)竹内 紀吉(元・浦安図書館長。千葉経済大・教授)
   ’05年8月23日、急逝。