パヴァロッテイが亡くなった。
NHKのニュース。(07・9・6/午後7時50分)。
この夜、台風9号が接近中で、風雨が強くなっていた。
午後8時、伊豆の石廊崎の南南西100キロの沖合を、北上している。
中心気圧、965HP。半径、170キロは風速、25キロ。最大風速、46メートル。
「パヴァロッテイさんは、トリノ・オリンピックで優勝した荒川 静香選手が使用したオペラ、「トゥーランドット」を、開会式で歌いました」
なんとなくへんな気がした。これだと・・・トリノ・オリンピックで荒川 静香が使ったので、パヴァロッテイが「ネッスン・ドルマ」を歌ったように聞こえる。
NHKがパヴァロッテイの訃報を流したのはこのときだけだった。あとは、台風関係のニュースだけ。
私はアトリエにもぐって、パヴァロッテイのCDを探した。
パヴァロッテイの死が、私に悲しみや、絶望を与えたわけではない。ただ、ある時期まで、パヴァロッテイを多く聴いていたので、彼の死を知って、もう一度、ありし日のテノールを聴くというのはごく自然なことだろう。
『蝶々夫人』を選んだ。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮。ヴィエンナ・フィル。ミレッラ・フレーニ、ルチャーノ・パヴァロッテイ、「スズキ」は、クリスタ・ルートヴィヒ。(LONDON/1974年1月)
さまざまなことが心をかすめてゆく。パヴァロッテイとはまるで無関係に。
パヴァロッテイを聞いていた頃の私はほんとうに苦しい思いをしていた。ある作品を書こうとしていた。書いている本人にもいつ終わるのかわからない。シジフォスのように。
ほんとうにいい作品は、書いている本人の秘密がいつまでも長くたもたれている作品なのだ。それを読んだひとはそんな秘密が隠されているとはまったく気がつかない。
幕切れ。パヴァロッテイの「ピンカートン」が空しく呼びかける。まるで、映画音楽だなあ。そう思いながらここにきて感動した。
つづいて、ヴェルデイの『メサ・ダ・リクェム』。リッカルド・ムーテイ指揮。スカラ。これは、ソヴィエト崩壊前夜のモスクワのライブ(1989年)、テノールはパヴァロッテイではなく、ルチャーノ・デインティーノ。ソプラノは私の好きなリューバ・カザルノフスカヤ。
閉めきった室内で、カザルノフスカヤを聞いている。不吉にうなりながら、板戸をなぐりつけてくる風の音、はげしい雨とまざりあって、音楽ではない何かを聞いているようだった。
パヴァロッテイ、71歳。
昨年、アメリカで、膵臓ガンの手術をうけてから帰国。モデーナで静養していた。
死因は、ジン不全という。
残念としかいいようがない。