私がたいせつにしている「フランスの伝統色」という色見本(カラー・ガイド)がある。
<Nuances actuelles des couleurs tradetionaire francais> (大日本インキ化学)
フランス人は、その自然や、生活習慣のなかから、季節の色をひろいあげ、その色調からいかにもフランスらしいエレガンス、単純さ(サンプリシテ)を生み出す。
たとえば、バラ色といっても、「インディアン・ローズ」、「ローズ・イビス」、「ローズ・パール」、「ローズ・ペーシュ」、「ショッキング・ローズ」、「ローズ・タンドル」、「ローズ・ソーモン」といったさまざまな変化する。そして「ルージュ」に移ってゆく。
この見本を見ながら、ルノワールの少女の頬のいろ、マリー・ローランサンの女たちのバラ色、ヴァン・ドンゲンのソワレの女たちの肌のいろ、ピカソの「恋人」、マリー・テレーズのヌードを思い出す。
私にとって興味があるのは、この「色見本」には、紫系統の色(ヴィオレ、プルプルなど)がきわめて少ないことだった。日本人の眼には、紫という色彩はじつに多様で、微妙な変化を持っている。こんなことにも、日本人とフランス人の国民性の違いというか、美意識、感受性の違いを見てもいいだろう。
(エゴン・シーレに半裸の女性を頭上からとらえた水彩画があって、この一枚が日本にある。この女が身につけているシフォンの紫がじつに鮮烈だった。この絵はめったに展示されないし、シーレの研究家もほとんどとりあげない。)
現在の私は油絵も描かない。「油一」(ゆいち)も使ってみたいが、そんな機会ももうないだろう。
私がたいせつにしていた色見本(カラー・ガイド)ももう必要がなくなった。どなたかほしい人がいたら、よろこんでさしあげるのだが。