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 ある日、サマセット・モームは、さる貴婦人のパーティーに招かれた。
 このご夫人は、ロンドンきっての名流夫人で、格式の高いサロンを開いていた。そのサロンは、毎回、ご夫人みずからテーマをお決め遊ばされる。たとえば、大都市のスラムを一掃する計画だったり、猛獣のハンティングだったり。その道の権威とされる人ばかり、十人から、二十人ばかりが招待される。
 レィディーは、パーティーのさなかに適切なタイミングで、いかにも見事な質問をなさる。それに対して出席者の誰かれが答えると、彼女自身もご自分の見解を述べるのだが、それがまた肯綮せしむるようなものだった、という。

 モームが招かれた日のテーマは、大詩人、バイロン卿だった。モーム自身は、自分がなぜ招かれたのかわからない、という。バイロンについては書いたこともあるし、いろいろな機会にしゃべったりもしているが、研究しているわけでもないし、とても権威などとはいえない。このレィディーだって、モームをバイロンの権威とは思っていなかったらしい。客の席順は、その晩のテーマについての権威、専門知識の程度によるもので、モームは末席に列していただけであった。

 このレィディーの右にすわっていた最高権威が、いちばんよくしゃべった。彼女としても、バイロンについて最高権威と見なされている人物にいろいろと質問することで、列席しているお歴々に、自分の教養の深さをご披露できるわけだし、名だたる人々の称賛をほしいままにできるだろう。

 パーティーの雰囲気がたけなわになった頃、このレィディーは左にすわっている、もうひとりの最高権威が、まったく発言しないことに気がついた。この先生は、ほかの人々の発言に耳をかたむけながら、つぎつぎに出される豪華な食事にも熱心に興味をもっていたらしい。
 レィディーは、しかるべきタイミングで、この先生を会話に誘い込もうとして、
 「先生のご意見をまだうかがっておりませんけれど」
 先生は顔をあげた。
 「私の話など、お耳に入れないほうがよろしいでしょう。わたくし、バイロンには、まるで関心がごさいませんのでして」
                            (つづく)