「亀忠夫句集」を読む。
その句は、長年にわたる修練を思わせて、作者の澄みきった心境がかたられている。
ひといきに句を読んで、しばし作者の心境を思うべきものも多い。
花冷えの 石庭にをり 一人旅
文書きつ 文待つ 三寒四温かな
探梅や 晩年の恋 胸の底
花吹雪 妻と散歩の 余命かな
おだやかな作風だが、読むひとの心に響いてくる。この俳人の句作は、長い、孤独な道をたどる旅人の行程だったのかも知れない。
句集の序文に、自分がどうして作句に向かったかをのべている。
私は当時十代の終わりだったが、既に評論家としてデビューしていた小学校の同級生、中田耕治氏の影響で、ドストエフスキーやカミュなど西洋文学をよく読んでいたせいもあって、桑原氏の論旨に賛同して、俳句から離れることになった。
後年、「杉」、「鶴」、「沖」、「NHK俳壇」などで句作にはげんだ。
大病の癒えつ 余寒のつつきけり
冬の虹 道ならぬ恋 ありしこと
菜の花や 故郷の色 恋の色
すき焼きの 葱を好みし 母のこと
駅を出て 野分の中を 行きにけり
晩年に 出会い人よ 冬桜
かくべつ解釈を必要としない句ばかりだが、この俳人の歩みのありがたさを思う。
何にもさまたげられないこうした心境や、老いてもひそかに抱く異性への思慕、こうした作に華やぎがある。
道一つ 命も一つ 秋の暮
これは、芭蕉を仰ぎ見ての絶唱というべきだろう。