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島を描いた文学作品に、私の関心があった。
たとえば、『ガリヴァ-』の「リリパット」から、「ハックルベリ・フィン」まで、モ-ムの『雨』。ノ-ドホフ&ケ-ン。
さらにはオイゲン・ヴィンクラ-の『島』、アルジャ-ノン・ブラックウッドの『くろやなぎ』。
おそろしいSF、レジス・メサックの『滅びの島』。

『滅びの島』は、現代文明に対する暗澹たる絶望にいろどられた小説だが、作品の舞台になる「ヴァルクレタン島」が、女性性器のかたちをしている。

クレタンは、クレチン症(先天性の甲状腺機能低下)の意味で、作家のイメ-ジには小人があって、『ガリヴァ-旅行記』に通じる。同時に愚鈍な人間をさす。
これに谷間を意味する「ヴァル」を重ねたあたりに、図像学的に作家のヴァジャイナルイミジャリ-を想像できる。

愚者の谷間。あるいは、おろかなる亀裂。

福島 正実は、レジス・メサックについて、

ことによるとメサックは、科学・技術や、現代文明に汚される以前の人類――人間にも、すでに絶望していたのではあるまいか。人間の本来的に持つ攻撃性、偽善、悪辣さ、愚劣さに耐えられなかったのではないか。そうでなければ、あのクレタンたちの狂乱ぶり、暴行凌辱の徹底ぶりは、むしろ必然性を失ってしまう。人間そのものに絶望した上、迫り来る第二次大戦の暗雲に焦らだった結果の悪夢ととれないこともない。

と書いた。

私がアルフレッド・ベスタ-や、シァド-・スタ-ジョン、カ-ト・シオドマクなどを訳したのも、すべて福島 正実の依頼による。(ただし、フィリップ・K・ディックの翻訳は都筑 道夫が依頼してきた。)

今の私は、レジス・メサックから、福島君とは別のことを考えているのだが、若き日に福島 正実に出会わなかったら、少しでもSFに関心をもったろうかと、そぞろ当時の彼を思い出さずにはいられない。