戦後すぐに「リンゴの唄」という明るい曲が流行した。サトー・ハチロー作詞。歌手は並木 路子。今は、由紀 さおりが歌っている。
私は、これまで一度も歌ったことがない。
あの戦争が終わったあと、たちまち大ヒットしたが、私には悲しい唄に聞こえるのだった。敗戦後、日本がどうなって行くか見当もつかない。焼け野原になった東京の、庶民は、食料の配給さえ滞って、飢えていたし、明日のこともわからない。とにかく、これからどう生きて行くかわからない。そんな生活のなかで、
赤いリンゴに 唇寄せて
黙って見ている 青い空
などと口ずさむと、焼け野原になった東京の、やりきれない無力感にぴったりだった。そのくせ、奇妙に明るい空虚感がまつわりついているようだった。
リンゴはなんにもいわないけれど
リンゴの気もちは よくわかる
私は「リンゴの気もち」など、わかりたいとも思わなかった。リンゴだって、自分の気もちを、そうやすやすとわかられたら、たまったものではないだろう。
戦争が終わってすぐに、まるで戦争などどこにも存在しなかったような、ただ空虚に明るい歌を書くサトー・ハチローの大衆迎合に、侮蔑をおぼえた。
私は「リンゴの唄」がきらいだった。少年だった私は、この唄をほとんど憎悪したといってよい。
(つづく)