雨の国の王者」さんへ
思いがけないメール、ありがとう。
『ゼロ大陸/サイゴン』を探してくださったようですね。
きみは書いてくれた。――「著作リストに、『死角の罠』、『殺し屋が街にやってくる』、『孤独な獣』、『週末は死の恋人』なぞが、挙げられていないのは、ううむ、やはり、さびしい、それも、とてもさびしい」と。
じつは、去年、おなじことを評論家の小鷹 信光さんからも指摘された。
私の略歴にミステリー関係の著・訳書がほとんど記載されていない。私がミステリー作品をあげていないのは、意図的に過去を隠蔽しようとしているのではないか。そういうお叱りをうけた。
思いがけないことで恐縮した。
これまでいろいろな仕事をしてきた。自分の過去の作品群を隠したわけではないが、わざわざ略歴にあげるようなものではない。そう思ってはぶいたのだった。むろん、韜晦する気もなかった。私のミステリー作品など、誰の興味も惹かないだろう。そう思っていただけに、きみが「川崎 隆」や「美谷 達也」の名をあげてくれたことにおどろき、世間には奇特な読者がいるなあ、と感謝したのだった。
ミステリーの翻訳をやめたのは、先輩の宇野 利泰さんの忠告による。
宇野さんがどういう理由で忠告なさったのか忖度のかぎりではないが、私は『マキャヴェッリ』というモノグラフィーを書いたばかりだった。宇野さんはそれを読んでくれたのだと思う。
私は宇野さんの忠告に素直にしたがった。たまたま手許に10冊ばかり翻訳の依頼があったので、動きがとれなかった。そのことで、やはり先輩の福田 恒存に相談したのだった。
一年半後に、私はミステリーから足を洗った。翻訳よりも小説を書くことにきめたのだった。
ミステリーを書かなくなったのは、『メディチ家の人びと』を書いてからだった。それまでは、パルプ・マガジンにミステリーからポルノまで書きとばして、ルネサンス関係の資料を買ったものだが、『メディチ家』を出したとたんに、どこからも注文がこなくなった。これにも驚いた。つまらないミステリー、ポルノを書きとばしている大学の先生が、ルネサンスの研究をしていると知って敬遠したらしい。
当時、長編を一つ書いた。「川崎 隆」もの。500枚。しかし、どこからも出せなかったので、えいっとばかり、焼き捨てた。どうせたいした作品ではない。この事情は、ある編集者が知っている。
今年から、「中田耕治ドットコム」で、少し長い小説を書きはじめる予定だが、おそらくへんてこな作品になるだろう。
私はふたたびミステリーに興味を向けないだろうか。それはわからない。もし書くとすればこのサイトに発表する。
きみのメールがもう少し早く届いていたら、たちまちミステリーを書く気になったかも知れないなあ。
きみにはほんとうに感謝している。ありがとう。