ドナルド・キ-ンの『私と20世紀のクロニクル』に、ソヴィエトを旅行したことが出てくる。安倍 公房の小説を翻訳したリヴォ-ヴァ教授に会うためだった。
「ソ連を出国するにあたって形式的手続きが済むまで、随分と時間がかかった。ソ連国民が最後の瞬間になって、何かの理由で飛行機から下ろされたという話を、私は聴いていたことがあった。ついに飛行機は離陸した。その瞬間、誰もがはじけるように笑い出した。何か、おかしいことがあったわけではなかった。笑いは、緊張から突然開放されたことが原因であったに違いない。スウェ-デン人のスチュワ-デスは、言った。飛行機がストックホルムに向けて飛び立つ時は、いつもこうです、と。」
私もおなじような経験をしたことがある。
私は、作家の高杉 一郎、畑山 博といっしょに、当時の「作家同盟」に招待されて、ソヴィエトを旅行したのだった。私たちを案内してくれたのは、「作家同盟」のエレ-ナ・レジナさんだったが、この旅行で、私はソヴィエトの驚くほどの硬直ぶり、頑固さ、けっして外には見せないが民衆の内部にひそんでいる、やりどない思いをかいま見ることができた。
いよいよ明日、モスクワから帰国するとき、私たちは自宅に電報を打つことを許された。日本語でも英語でもいいという。どうせ、この電報もエレ-ナ・レジナさんが翻訳して、しかるべき部署に報告されるだろう。そう思った私は、英語で書いた。
ラストに From Russia With Love として。
私のいたずら。