日本映画に、はじめてキスシ-ンが登場したのは戦後だった。それまでは、恋愛映画でも恋人がキスするシ-ンはまったく存在しなかった。日本の風俗、習慣に反するという理由による。外国映画でも主演のスタ-がキスする場面はカットされていた。
「大映」の「ある夜の接吻」で、恋人が相合い傘の下でお互いに顔を寄せあってキスらしい行為におよぶ。これだけで観客はショックをうけた。「松竹」の「はたちの青春」で、幾野 道子と大阪 志郎が、はじめて唇を重ねるキスシ-ンを演じた。
当時の大スタ-たちが、スクリ-ンでキスするようになるのはもっとあとで、「不死鳥」(木下恵介監督)で、田中 絹代が佐田 啓二を相手に(本格的な?)キスシ-ンを見せた。
つづいて、「我が生涯の輝ける日」の、森 雅之と山口 淑子(戦前の李 香蘭)のキスシ-ンは迫力があった。
山口 淑子はハリウッドに進出しようとして渡米したが、アメリカのジャ-ナリストのインタヴュ-で、渡米の目的は何かという質問に、「キスの仕方を勉強にきました」とやってのけた。これはウケた。こういうアテコミは当時の日本人の反感を買った。
アメリカでせいぜい勉強してきたおかげか、山口 淑子は「暁の脱走」で池部 良と熱烈なキスシ-ンを見せている。
左翼映画でも「女の一生」で、亀井 文夫監督は、沼沢 勲と岸 旗江にキスさせた。
労働者の恋愛は、開放的でなければならない。恋愛を秘事と考える思想と闘うため、屋外でキスをさせ、不快な感情を感じさせない健康的なものを描く、と語っている。
戦後の映画のキスシ-ンでつよい印象をあたえたのは「また逢う日まで」(今井 正監督)で、当時の青春スタ-、久我 美子と岡田 英次がガラス越しにキスするシ-ンだった。
ある女学生がこの映画を見に行って感動した。さっそく父親が見に行ったが、このキスシ-ンに激怒したらしい。帰宅した父親は娘を叱りつけて、いわく、
「あんな連中がいるから戦争(「太平洋戦争」)に負けたんだ」。
これは実話である。