409

今日は私の誕生日である。

別に感想も思いうかばないのだが、正直のところ、自分ではこれほど長生きするとは思っていなかった。
誕生日だからといって誰も祝ってくれるわけではない。自分で自分を祝うつもりもない。ただ、今日の一日、無事に過ごせればそれだけでありがたい。

当然ながら、記憶がわるくなった。
外国語を読むのが億劫になっている。どうかすると、よく知っている単語がわからなくなる。しばらく思い出そうとしているうちに、あ、そうだったっけ、なんてこった、などとつぶやく。
どうしても思い出せない場合は辞書を引く。なあんだ、こういう意味だったのに。しっかり記憶していたはずのことばを忘れている自分にあきれる。腹立たしい。

老いてくるとどうして記憶がわるくなるのか。あるいは、新しい記憶が身につかず、かえって昔のことばかり、よく思い出すのか。
蒔絵の箱が古くなる。塗りがはげてしまって、下塗りが見えてくるようなものだ。その下塗りも、しっかりしたウルシでも使ってあればまだしも、いい加減な材料をいい加減に塗っただけだったら目もあてられない。

ときどきテレビで、昔見た映画をやっている。内容もおぼろげなので、新作映画を見るようなものだ。内容にあらためて感心することはないにしても、その映画を見た頃の自分を思い出したり、その映画に出ていた俳優、女優たちがそれぞれたどった運命を見届けているだけに、いたましい思いにかられることがある。

ひそかな楽しみがないわけではない。
なつかしさという感じではない。もっと別の思いなのだが、自分の感性が少しはみずみずしかった(はずの)頃の記憶が不意にまざまざとよみがえってくる。

私の人生にあらわれた「花」を見ることと変わらない。