ヒラリ-・クリントンの胸像を作った彫刻家がいる。ただし、上半身のニュ-ド。題して「大統領の像」。ニュ-ヨ-クの、ある美術館で公開された。
このニュ-スは中国語の新聞「半月文摘」(06,8.16.)で読んだ。
なぜ、こんな題をつけたのかと聞かれて、作者、いわく、
「ヒラリ-はアメリカの歴史で第一位の女性大統領だから」
この「大統領の像」のヒラリ-の眼に深い叡智がたたえられている(という)が、目尻の皺まで克明に再現されている。豊満な乳房。まるで、ロココの女の彫像のようだが、乳首、乳暈は花びらで表現されている。
私は、エロティック・ア-トをエロティックであるという理由で否定しない。むしろ、芸術がどんなにエロティックであっても、そのことは積極的に容認する。たとえば、日本の浮世絵、ロダンの多数の秘画。コクトオが描いた「恋人」の勃起するペニス。いつも性器を露出させているピカソの女とおなじように、マリリンのニュ-ドを描きつづけたスズキ シン一。
ヒラリ-は、来年の選挙に向けて各地の遊説に動いている。(’06.9)
かなり人気が高い。有権者の関心は・・・ヒラリ-がつぎの大統領選挙に出馬するかどうか。出馬を表明すれば、国会議員としての仕事を途中で下りるわけだから、有権者としても気にしないわけにはいかない。マスコミをシャットアウトしているだけに、彼女の動向が注目されているのだが、この「大統領の像」を彼女が見たらどう思うだろうか。
私はこの「大統領の像」にはげしい嫌悪の眼をむける。
まず、まったく芸術的にすぐれているとはいいがたい。もっとも不愉快なのは、有名人に対するねじれた、いじましい凝視であり、芸術というかたちをとった売名行為にほかならない。