1967年といえば、まだ、テレビもそれほど普及していなかった頃のこと。
FM放送を開始していたNHKの番組の一つに「English Hour」があったことも知らなかった。
その番組で、BBC制作の“The Same River Twice”という8回シリ-ズのミステリ-・ドラマが放送されることになった。その解説者に私が選ばれたのだった。
なぜ、私が起用されたのかわからない。
当時、私はミステリ-の翻訳をしていたし、推理小説の批評を書いていたので選ばれたと思われる。それに、俳優座養成所で講義をしていたし、評論を書く機会がないのでせっせとラジオ・ドラマを書いていた時期だった。だから、この人選はかならずしも間違ってはいなかったと思われる。
NHKから話があったとき、私は気がるに承諾したのだった。
ところが、驚いたことに、かんじんの台本が送られてこなかった。シノプシスもついていない。BBCはドラマだけを送ってきただけという。つまり、私はテ-プを聞いて、ミステリ-・ドラマを毎回、解説してほしいというのだった。
英語の台本がないのでは、私としては手も足も出ない。
私はミステリ-の翻訳家として知られていた。しかし、それはアメリカのミステリ-が専門で、イギリスのミステリ-は翻訳したことがない。
それに翻訳をしていても、会話ができるわけでもなかった。まして、ヒヤリングだけで、複雑なプロットをもつミステリ-・ドラマがわかるだろうか。
さすがに、あわてた。
しかし、引き受けた以上、なんとか解説めいたことをしゃべらなければならない。
当時はまだカセットテ-プも普及していなかった。
いそいでオ-プンリ-ルを用意して、ドラマを聞きはじめた。
(つづく)
――(「未知の読者へ」No.5)