ときどき川柳を読む。
私の中学で国語を教えていたのが高坂 太郎先生だった。世に知られることはなかったが、川柳の研究に生涯をかけた学究だった。一冊の編著を残したが、江戸時代の川柳を網羅したもので、数千枚を越える大冊で、時の文相、鳩山 一郎の序文がれいれいしくついていた。
「あたしが自分で書いたんだよ。政治家なんざ、こんな文章も書けやしません。だから、こっちが書いて署名していただく。へへへ。こういうお墨付きがあれゃぁ警察も手が出せない」
たいへん洒脱な人で、授業中に、安永時代の話になった。安永(1772~81)といえば江戸中期。恋川 春町、並木 五瓶、桜田 治助の時代。
先生は中学生を相手に川柳をちらっと披露する。
新酒屋うらから女房度々逃げる
銘酒屋を開業したが、女めあての客が酔っぱらって口説く。それがこわくて、裏口から逃げ出す。洒脱な語り口に教室がわいた。むろん、中学生相手だからほんとうのところは伏せてある。
私が川柳に興味をもつようになったのはこの先生の影響だった。
戦後、高坂 太郎先生は自分が営々と集めた尨大な川柳の資料を手放した。当時の混乱のなかでは、とうてい出版できなかったと思われる。その資料は、さる人の手にわたって、後年、その人の名で出版された。