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先日、テレビの「日曜美術館」で、ジャコメッテイをとりあげていた。この彫刻家は、当時、パリにいた矢内原 伊作をモデルに、おびただしいテッサンをとり、彫刻を制作した。若い頃、矢内原さんに会っただけだが、見ていてなつかしかった。
ある芸術家が別の芸術家のモデルになる。たとえば、ショパンとドラクロワ。想像するだけでドキドキしてくる。もっとも、ブリジット・バルド-を描いた晩年のヴァン・ドンゲンのように、画家が無残な姿をさらしている絵もあるけれど。

ヴァレリ-が、ジャック・エミ-ル・ブランシュのモデルになった。
画家がヴァレリ-に文句をいった。
「ねえ、ヴァレリ-先生。ふだん、あなたほど聡明なお顔をなさっている方はいません。あなたの叡智が眼にあふれ、口もとからほとばしっている・・。ところが、今はどうです。一週間前から、このアトリエには、いきいきしたところのない、眠ったようなヴァレリ-だけが、おいでになる。あなたはヴァレリ-じゃない、そういいたくなりますよ」
その日、画家はヴァレリ-をひきとめていっしょに昼食をとった。ご馳走はたっぷり、ワインは最高。
「午後、またしてもポ-ズという<刑罰>がはじまって、私はつい眠ってしまったんですよ、眼は開いたまま。・・私が、うつらうつらと夢みていると、突然、ブランシュの声が聞こえました・・・≪ああ、やっと≫と、叫びましたよ。≪ようやく、ふだんの聡明なお顔になりましたね≫って」

これは、モ-ロアが書いている。
きみたちは、このシ-ンから何を考えるだろうか。
私ですか? 笑いましたね。だって、どう見てもヴァレリ-のほうが一枚も二枚も上だから。