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「舞踏会の手帳」(ジュリアン・デュヴィヴイエ監督)については、評伝『ルイ・ジュヴェ』でふれた。
若い未亡人、クリスティ-ヌ(マリ-・ベル)が、身辺を整理しているうちに見つけた手帳に、はじめての舞踏会で自分に思いを寄せてきた男たちの名前がしるされている。彼女は夫を失った傷心を忘れるために、過ぎ去った日々の恋の相手をさがす旅に出る。
ルイ・ジュヴェのエピソ-ドは第二話。
表むきはキャバレの経営者だが、通称ジョ-と呼ばれるギャングのボス。思いがけず尋ねてきたクリスティ-ヌを、高級コ-ルガ-ルと間違える。しかし、彼女が若き日のピエ-ルの思い出のために訪れたと知って、ヴェルレ-ヌの詩をくちずさむ。

凍てのなか ひと気なき庭園に
いまし 影ふたつ 過ぎゆきぬ

ジョ-は、詩の冒頭、Dans(なか)を、Par(沿って)と間違える。これだけで私たちは、ジョ-が淪落の人生を送ってきたことを知らされるのだ。このシ-ンはルイ・ジュヴェの凄みがマリ-・ベルを圧倒している。
詩が終わったとき、警察がジョ-を逮捕する。
“Adieu,Christine! C’est fini.”
ジュヴェの声がいまでも耳から離れない。「こんなことは、たいしたことじゃない。連行されてゆくのはピエ-ルじゃない、ジョ-さ。ピエ-ルはきみに残してゆく」
忘れられないセリフ。つらいことがあると・・・サ・ナ・パ・ダンポルタンス(こんなことは、たいしたことじゃない)とつぶやく。そして、je vous le laisse.と。
女にふられたときも。