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遠い海鳴り。
歩きつづけると、いきなり崖になる。
海鳴りはそこからさらに遠のいて、はるかなところからわきあがってくる。
波がしらがうねり、押し寄せて、すぐに白い砂を侵してひろがり、長くのびた汀が、ながながとくろくいろづいて行く。

海辺の町は潮の匂い。しばらく前は漁師の家が立ち並び、白く乾いた砂ぼこりが舞いあがって、その道を日灼けした女たちが、赤いしごきに絣、醤油で煮しめたような手拭いをかぶって歩いていたものだった。
いまは、安っぽいプレハブの小屋や、いかにも規格通りの別荘が並んでいる。

私は、毎年、この浜辺に十人ばかりの女の子たちをつれて行った。私のクラスで翻訳の勉強をしているひとたちのグル-プや、女子学生たちだった。日帰りで帰る女の子もいたし、二、三日、のんびりすごす女の子たちもいた。
それぞれが未決定の未来にむけて歩もうとしていた若い女性たち。
画家の小林 正治や、人形作家の浜 いさをもいっしょに招いたことがある。

最近、ある作家が自分の青春を回想していた。のちに結婚することになる娘さんが登場してくるのだが、彼女も女子学生の頃、私たちのグル-プといっしょにこの海辺にきたことがある。やがて、パリに去って行った私の「恋人」もそのときいっしょだった。

もし私が青春の回想を書くとすれば、この海辺の思い出を書くことになるだろう。