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「よい伝記を書くことは、よい人生を生きるのとおなじほどめずらしい」
と、カ-ライルがいったらしい。
リットン・ストレイチ-はこれを否定する。そういう伝記は、まどろっこしくて、洗練されていないものばかりで、葬式みたいなものだ、という。私もまた、葬儀屋の仕事のような評伝を書くつもりはない。
ただ、ストレイチ-は、自分の伝記を書く姿勢にふれて、
「私は何も押しつけず、申し立てもしない。ただ提示するだけだ」
というヴォルテ-ルのことばをあげている。
おこがましいが、私はヴォルテ-ル、ストレイチ-と違う。私は伝記で何かを押しつけたい。何かいうことがあればブロポゼしたい。ただ提示するだけなら伝記など書く必要がない。
駆け出しの頃から、ツヴァイク、モ-ロア、ストレイチ-を尊敬してきた。はじめからおよびもつかないと承知してはいたが、せめて彼らの仕事に少しでも近づきたいという思いから『メディチ家の人びと』や、『ルイ・ジュヴェ』などを書いた。