明治の美人はどういうスタイルだったのか。
古代紫の頭巾を深く、紫紺縮緬の肩掛を無雑作(むぞうさ)に引かけて、鉄御納戸(おなんど)無地のお召し縮緬の薄手なコオト、絹手袋の紺淡く、ほっそりと指の長いのが、手提げの旅行鞄(かばん)繻珍(しゅちん)の信玄袋を持ち添えた、丈だちすらりと、然(しか)ればこそ風には堪えじ柳腰、梅の薫りを膚(はだえ)に籠(こ)めて、艶(えん)に品好き(ひんよき)婦人である。
泉 鏡花の『紅雪録』(明治37年)に登場する女性の描写である。こうした風俗はもはや想像もできないが、それでも楚々とした美人の姿が眼にうかんでくる。
小説のなかに女性の衣装や持ち道具を描く場合、その風俗が消えてしまうと、その小説もその部分から風化して行く。それは間違いないのだが、すぐれた作家の描写は、時間の腐蝕のあと、思いがけないかたちで、後世の読者に新鮮な驚きをつたえてくるだろう。
泉 鏡花の「女」の姿態は、なぜかノスタルジックな、しかし、あざやかな魅力を見せてくれるような気がする。
(つづく)