バスの窓から斜めに走る粉雪の流れに、遠く低い峰のつらなりがかすんでいる。近くを過ぎるわずかな家並みも、ぼうっとかすんでは消え去って行く。
ウィークデイのバスは、乗客といっても私のほかにジーンズにコートの若い男女のふたりだけだった。これからスキー場に行くのだろうか。
私は後部座席でザックによりかかって眼を閉じた。眠っておく必要があった。千葉に住んでいるので早朝、新宿から出ても、山小屋に着くのは夜中になる。少しでも眠っておかなければならない。
吹雪になっていた。バスが停った。すぐに走り出すはずのバスが動かない。窓際に顔を寄せると、警防団の刺子を着た男が走ってきた。
「雪崩でヨ、この先んトンネルからバスが通じねえだハ」
もう4時過ぎで、あたりはすっかり暗くなっていた。
「ほいでいつァ通れツだや」
バスの運転手が聞いた。
「さァのう、徹夜作業になッかだが」
私はザックを肩にかけてバスを降りた。仕方がない。この先の宿屋に泊まることにきめた。4キロ近く歩くことになる。
前に一度、その旅館に泊まったことがあった。ふたかかえもありそうな大火鉢に、枝炭を山のようにおこして、紫いろの炎の上に、古風な鉄瓶が白い湯気を吹いている。湯がしらしらと沸き立っているだろう。
歩き出そうとして、ふり返ると、おなじバスに乗ってきた若いふたりが運転手に何か話しかけていた。
若い女がステップから降りながら、
「すごい雪だわ!」
吐く息がけむりのように白かった。
「おお、寒い!」
身ぶるいすると、若い男が抱きよせるように女の肩に手をかけた。ふたりの髪、顔、肩に、粉雪が降りかかった。
私は歩き出した。