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舟橋 聖一の邸宅に伺ったことがある。もう時効だから書いてもいいと思うのだが、まだ学生だった私が平野 謙を文学部の講師に呼んでほしい、と頼みに行ったのだった。これが実現して、その後、平野 謙が本多 秋五を迎え、本多 秋五が杉森 久英を招いて文学部の教授陣が充実した。
ずっと後年、大木 直太郎先生から、杉森君がやめるので、きみ、講師になってくれないか、といわれた。こうして半生を神田界隈ですごしてしまった。