リンゴをひろって、そっとバッグにしのばせた。旅を終えて、帰国してすぐにそのリンゴの種を鉢に埋めた。毎日、芽が出るのを待ち続けたが、いくら待っても芽は出なかった。ヤスナヤポリヤナの果樹園に落ちていた小さなリンゴ。
トルストイは家出をする直前まで、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んでいたらしい。粗末な机の上に、本のページが開かれたままになっていた。……
ドストエフスキーの書斎の壁に、ラファエロの聖母がかけられていた。毎日、この聖母に祈りを捧げた。トルストイの寝室には、別のラファエロの聖母像がかけられていた。トルストイは、毎日、この聖母に憎悪の眼をむけていた。