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「細雪」は、太平洋戦争のまっただなかで書かれた長編小説だった。
ただひたすら戦意昂揚を叫んでいた軍部が、「細雪」のような作品の発表を許すはずもなかった。谷崎潤一郎が小説の発表を禁止された、というニューズは、少年の私にも、暗い時代の重苦しさを感じさせた。
「細雪」に描かれていた時代は、私たちがつい昨日過ごしてきた日々だった。
谷崎潤一郎が小説の発表を禁止された日から、私は谷崎の「刺青」や「麒麟」からはじめて、手に入るかぎりの作品を読みはじめた……。