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  私の山歩き Date: 2006-02-02 (Thu) 

 登山のキッカケっていうのはおれの場合、なにしろ仕事が多くて、終わると酒ばかり飲んでいた。すっかり体力がなくなって、ある晩お茶の水は山の上ホテルの脇の坂が登れなくなっている自分に気づいた。「ああ、おれはこのままでは駄目になるな」と思った。その翌日ひどい二日酔だったけれど、何処か歩いてみようという気になって、家の近くの千葉公園、殿台、天台、原方面、まだ丘が残っているあたりをなんとなく歩きはじめたんだ。で、そういう場所を中心に毎日毎日、最初は20分位、次は30分というふうに歩いて半径を延ばしていった。ある日、犬を連れて印旛沼に行った。それもわざわざ裏通りを通って、往復11里以上ね、犬がバテたけれどおれはバテなかったんで、自信をもったんだ。それがキッカケといえばキッカケ。
 歩いていると、色々な事を発見した。思いがけない道も発見した。千葉にはね、小さいものだけれど、すばらしい自然がまだ沢山残っている。地面に貝塚が露出していたり。それまで貝塚なんて全然興味なかったんだ。印旛沼方面ばかりじゃない、南の方も歩いたよ。佐貫から上総亀山にぬけるコースなんかいいね。谷川の源をつきとめたりした。平栗あたりもいい。このあたり歩くなら予算も千円以内で十分。おれはどっちかというと道なき道を踏みこえて行くタイプだから、道路がきちんと整備されているところは好きじゃない。さりとてアックスはもっていかない。自然をなるべく傷つけないようにして歩くという気だったからね。とにかく千葉には誰も知らない素晴らしいハイキングコースが沢山あるということをぜひいっておきたい。温泉だってかなりたくさんある。 
 さて、このときまでは歩くだけだったし、いわばハイキングだった。ところが山に登ろうという気になった。千葉には条件を満たす手頃な山がないから奥多摩に足をむけたんだ。奥多摩あたりの山はほとんど登りつくしたかな。最初の頃はガイドブックに書いてあるルートを忠実に通ったよ。山ってのはさ、どんなに低くてもおれにとってははじめての土地だろ、それだけに十分に調べもするし、地図も検討し、天候もしっかり考える。それまでは本当にルール通りの登山だもん。今はガイドブックにのっていない、つまりヴァリエイション・ルートだけを登っているようなものだけど。ただし、もう若くないから無理しないわけ。いちばん面白いのは真冬の筑波山か夏の真夜中、高尾山ぐらいの手頃な山に登るカモシカ山行だね。誰一人いないんだからね。勇気がないとできない芸当だけどさ。おれの場合、誰も行かないような山に行くのが登山の条件の一つになっているんだ。年令的に体力の限界を知っているわけだから、これからも無理のない登山をやるよ。2週間に1回登るというペースはほとんど崩していない。たとえ仕事が忙しくても無理してでも。
 ほんとうにコワかったのは、八ヶ岳に登ったとき大雷鳴にぶつかった。ひたすら岩にはりついて震えてた。恐ろしさということでは最高だったなあ。この間の休日に学生たちが一緒に登山したいというから新宿で待ってたんだけど誰一人来ない。みんな寝ぼうしたらしい。しょうがないから一人で電車に飛乗り、御岳で降りたわけ。その日、御岳にはなんと一万人近いハイカー達がいたんだ。ところがね、御岳から北の高水三山に向かったのは三百人くらいしかいなかった。僕はそのあと秩父方面へぬける道をえらんだ。もう誰一人いないんだ。だからコースのとり方をちょっと工夫すればいいんだよ。しかも帰りにはちゃんと温泉に入ってきたさ。とにかくテンダーな山もあれば、ハードな山もある。女の子とおなじだよ。
 ほら、よくいるだろ。山でヤッホーと叫ぶバカども。あれだけでそいつが初心者だということがわかる。人が必死になって登っているときに「コンチワ!」と声をかけるやつがいる。あれも初めのうちは山のルールを知らないから声をかけてくるのだけれど、有名な山のコースで「コンチワ!」を連発されるとわずらわしいだけだ。だから、ちょっと場なれのしたやつになると、ハチマキに「コンチワ」と書いて黙って登っている。ほんものの登山者ともなれば、ただ黙礼するだけだよ。
 山で一番頭にくるのはトランジスタをもって歩いているヤツ。なにも山に登るのに、フォークソングはねえだろう。ヴォリュームをあげたりして。やたらにうるさい。もっと頭にくるのは女の子で高山植物の花をつむやつがいる。一人が一本つんだってアッという間になくなっちゃう。
 酒飲んで登山するヤツもいるが、心臓の負担を考えただけでもよくない。酒はやっぱり山小屋で寝る前に飲むとか、下山してからクイッと飲むほうがいい。登山者にも色々いるんだ。山男をきどってみたり、帽子に登山バッジを並べてイキがっているバカもいる。
 ちょっと脱線しよう。登山靴だけど、これはいい靴でなくちゃだめだ。よく手入れしてよく履き込む。ほかの装備についても、自分で実際に一番いいと思ったものをえらぶことだね。磁石は必要。でも地図の見方を知らなければ持っていてもしょうがない。
 山で最高なのはアベックで歩くことだよ。一人で歩いていて、アベックで登っているやつを見ると、「コンチクショウ」と思うもの。おれ一人じゃないらしい。誰もがそう思うらしいよ。うまくやってやがんなって。中には登山術も知らない無謀なアベックも多いね。そういう連中を見ると逆にムカつく。
 条件のいい時に行けば、その人は山が好きになって登山を続けていく。おれは、山の条件が悪くて天候も思わしくないときでもね、自分の判断だけで登っている。いつもひとりで登っている。いっしょに行きたいやつがいれば、よろこんでつれて行く。しかし、誰もついてこなくてもいい。ふり捨てて行くだけさ。それぞれ山の楽しみ方があるってこと。
 人生だっておなじさ。


−−このトークは「みゆしおん」(ヤマハ音楽―一九七五年十二月五日号)に発表されたものです。

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