田栗美奈子さんが翻訳なさった『孤児列車』がフラウ文芸大賞の準大賞を受賞した、というお報せをいただいて、自分でも不思議なくらいに嬉しいという感情が胸にあたたかく広がりました。 田栗美奈子さんへの個人的な感情(好き)もあるけれど、ああ、あの作品が注目されて評価されるなんて、しかも女性誌の文芸大賞に選ばれるなんて、という自分が素晴らしいと思っているものが自分の好きな場所で評価されたことの喜びも大きかったかもしれません。自分の好きな場所、これは専門誌ではなく一般の女性誌ということ、またフラウは私がはじめての文章を発表した女性誌なので個人的な想い入れもあるのでした。 私は5月26日に自身のブログで『孤児列車』の読後感として、「すごく気持ちが落ち着いている。映画でも会話でも得られない、なにか自分の内面と向き合える小部屋にいるような」、そんな状態にあることを書きました。 本の内容ももちろん、選ばれた言葉の美しさが私を落ち着かせ、しずかな部屋に置いたのだと思います。そう、田栗美奈子さんの文章はほんとうに美しい。 あとがきも好きです。とくにここ。 「本書のなかでは、人生の大事な局面で何を優先し、何を捨てるか、ということがくり返し問われています。生きるうえで本当に必要なもの、大切なものは、そう多くはないと、モリーは気づきました。物も情報も、人間関係も、複雑にあふれかえっている現代を生きるわたしたちにとって、あらためてじっくりと向き合うべき問題ではないでしょうか。大事なものはすべて、自分のなかにあることがわかるかもしれません。」 ……ひらがな、漢字の使い方、句読点のうち方まで好きなのですが、長い物語のなかから、どこをすくいとってどのように表現するのか、訳者という人が露わになってしまうこの場面。この部分を読んだだけでも私は田栗美奈子さんという作家を信用してしまうのでした。 ひと月くらい前に、美奈子さんとお会いしたとき私は「『孤児列車』翻訳苦労話」を聞き出そうとしましたが、美奈子さんはいつものあのやわらかさでお話なさるから、苦労という言葉とは遠いところにおいでなのかも、と間違いがちですが当たり前だけどそんなことはなく、それでも苦労を苦労として語らない美奈子さんの、あのやわらかさ、優しさ、明るさ、吉永珠子さんは「天女」と表現なさっていらして私はなんと見事な表現力かと感動しましたが、美奈子さんのお人柄を知る方々は、皆が皆、今回の受賞を自分のことのように喜んでいるのではないかと想像します。 心から「おめでとうございます」の言葉を、ハートマークをたくさんつけて、贈ります。2015年7月14日 山口路子