『タルチュッフ』
モリエールの『タルチュッフ』は、ルイ・ジュヴェの生涯をつらぬく劇的主題だった。私は評伝『ルイ・ジュヴェ』でも『タルチュッフ』をくり返しとりあげている。
1950年の『タルチュッフ』には、それまでと違った異様な執念のようなものが渦巻きはじめる、と書いた。こんな一行にも私のジュヴェに対する共感があった。
私たちのモリエール理解に大きな転換をもたらしたポーランドの演劇学者、ヤン・コットの『われらの同時代人モリエール』の主題は――あくまで私の推測だが、コットがルイ・ジュヴェの舞台を見たために、コット自身がジュヴェのテーマを発展させたもの、と見ている。コットは、ジュヴェによってモリエールを「発見」したのだ。
ただし、ポーランド語ができない私は、コットの資料にあたることができなかったため、読む人が読めばわかる程度に書いただけだった。
『タルチュッフ』は、モリエールの全作品のなかでもいちばんおもしろい。当然ながら、私は何度となく読み返した。その上演史にも眼をくばった。
主人公、「タルチュッフ」はだれでも知っている。ジュヴェ以前にも、たくさんの名優が「タルチュッフ」を演じてきた。リュシアン・ギトリ、コクラン、コポー、デュランというふうに。
その伝統のなかで、ジュヴェの「タルチュッフ」は画期的だったと思われる。
最近、また『タルチュッフ』を読み返した。
ふと、へんなことを考えた。モリエールが上演した当時の観客は、主人公の「タルチュッフ」にまず何を見たのか。
しばらく考えて、あっと驚いた。
ひょっとすると、そうだったのではないか。いや、間違っているかも知れないなあ。
しかし、モリエールのことだからそのくらいの「いたずら」はやるだろう。
しばらくこんな自問自答をくり返していたが、だいたい間違いないと推測した。むろん、小場瀬 卓三先生や、鈴木 力衛のような研究家は、こんなことを書いてはいない。世界のどこかに、私とおなじことを書いている学者はいるかも知れないが、不勉強な私はとてもそこまで手がまわらない。
『仮名手本忠臣蔵』という外題に、作者(ひいては、民衆)のひそかな心情が隠されていたように、「タルチュッフ」という外題を見ただけで、当時の宮廷人(ひいては庶民)は、ただちにこの新作が喜劇だということに気がついたに違いない。
「タルチュッフ」は、じつはじゃがいもである。まず間違いないと思う。
フランス語でじゃがいもはポム・ド・テールだが、イタリア語でじゃがいもはタルトゥッフォロという。
もし、私の説がただしければ、わが国の狂言の外題から内容が想定できるように、当時の民衆は、イタリアふうのコメディア・デッラルテふうの喜劇を思いうかべたはずである。おそらく、外題を見ただけでおもわずニヤニヤしたのではないだろうか。
われながらくだらない「発見」だが、『検察官』のゴーゴリの「いたずら」や、チェホフの『かもめ』のチェホフの「いたずら」を知っているだけに、モリエールの「いたずら」も、「いたずら」好きな私をうれしがらせる。