ライナー・マリア・リルケは、ドゥイノに滞在していたとき、タクシス公爵夫人の別荘に飾られていた公爵夫人の母の姉妹の肖像画を愛していた。
結婚してすぐに、まだ二十歳の若さで亡くなったライモンディーネ。これも、わずか十五歳で夭折したポリクセーネ。
ドゥイノには、この二人の不幸な令嬢の肖像画が残っていた。ライモンディーネは半身像だけでなく、美しいミニアチュールが残っていて、リルケはそのいちばん美しいものをガラス・ケースにたいせつに飾っていた。
美しい孤をえがいている鼻、つぶらな青い眼をしていて、みごとな黒髪をおさげに編んでいる。その青白い顔がとりわけ詩人の気に入っていた。
と、タクシス公爵夫人は回想している。
彼女にとっては、ライモンディーネも、ポリクセーネも、自分が生まれるずっと前に亡くなった母方の親族というだけの存在で、その美しい肖像を見ては、ときおり思い出すだけ、どこまでも未知の人びとだった。
ところが、リルケにとっては、ドゥイノの館が静まりかえって、その静寂をやぶるものが何もないようなときでさえ、自分がほんとうにひとりでいると思ったことがなかった。
彼にとっては、この姉妹は、いつも自分の身辺にいる<実在>だったという。
リルケが、心を奪われたのは、若い娘の青白い顔、つぶらな青いまなざし、みごとな黒髪、さらには「美しい弧をえがいている鼻」だったと想像する。