鼻という器官は、顔のなかでいちばん目立ちながら、いちばん語られることがない。これは鼻にとっては、不当な差別ではないか。
M・デュフレンヌは「眼と耳」という、すぐれたモノグラフィーを書いたが、鼻について、文化史的な観察を書くことができるだろうか。書く人がいないとはかぎらないが、デュフレンヌほどの考察ができるだろうか。
江戸の代表的な合巻作家といえば、やはり柳亭 種彦ということになる。
そこで、「春情妓談 水揚帳」を読んでみた。冒頭、遊廓の「舞鶴屋」の新造、「菊の井」が紹介される。
ここに怪しき臥具(やぐ)を設け、床の上に腹這になり、客の鼻紙袋からやたらに小菊を引き出して、枕紙をあてがってゐるは、舞鶴屋のつけ廻し菊里が番頭新造、菊の井と云ふ仇者にて、年の程は二十一、二、色白にてぽちゃぽちゃとしたる肉合ひ、黒目勝ちにて口もと可愛ゆく、座敷を持つよりも浮気をするにはこれがよいとの我儘者。
小菊とあるのは、小さく切った和紙、つまり枕紙。番頭新造は、その店の太夫花魁の身のまわりの世話をする遊女。
この女が「黒目勝ちにて口もと可愛ゆく」とされながら、鼻については何も語られない。つぎに、水茶屋の娘分「お初」が登場する。
此所(ここ)ら辺(あたり)の茶店の奥派、蒲団も敷かず掻巻がはりのどてらを裾へ引っかけて、天の岩戸にあらねども、簾おろした床闇に、昼を夜はる二人寝に、ぼつぼつ話してゐる女は、ここの娘分お初と云ふ浮気者、はや鉄漿(かね)を食ひたがるとか、白歯はうるみ、眉毛(まみげ)も立ち、顔は少しあらびたれども、抱いて寝てどうかするには面白い真っ最中。
と紹介される。「お初」も「白歯はうるみ、眉毛(まみげ)も立ち」としか描かれない。「はや鉄漿(かね)を食ひたがる」というのは、そろそろ結婚を考えているという意味だが、下層の遊女なのだから、当然、「金」を食いたがるという意味が重なってくる。こうした女性描写は、江戸から明治に入っても大きな変化は見られない。